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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)2588号 判決 1987年11月25日

原告

加藤昌子

右訴訟代理人弁護士

菅谷哲治

被告

立石直毅

被告

東亜起業株式会社

右代表者代表取締役

立石直毅

被告

ロイヤル興産株式会社

右代表者代表取締役

立石直毅

右三名訴訟代理人弁護士

猪瀬敏明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(抵当権の存在等)

原告は、訴外西本機械株式会社(以下「西本機械」という。)に対し、かねてより資金等の融通をしてきたものであるが、昭和五二年三月二八日、同社との間で、従前の貸付金のうち金五〇〇〇万円の支払債務を目的とする準消費貸借契約を締結するとともに、同日、訴外西本プラント建設株式会社(以下「西本プラント」という。)は、西本機械の原告に対する右債務を担保するため、同社所有にかかる別紙物件目録(二)の(1)記載の土地に抵当権を設定し、昭和五三年一〇月二三日、抵当権設定登記を経由した。

2(不法行為等)

(一)  西本機械は、昭和五四年一一月八日、被告東亜起業株式会社(以下「東亜起業」という。)との間で、同社所有の別紙物件目録(一)記載の土地建物(以下「本件(一)の不動産」という。)につき、左記の約定で売り渡す旨の売買契約を締結した。

(1) 売買代金

金三億七九四九万三一〇〇円

(2) 支払方法

契約締結時 金三五〇万円

昭和五四年一一月一六日

金二六五〇万円

残金をもつて本件(一)の不動産に設定されている担保権を抹消し、かつ買主の所有権の行使を妨げる一切の負担を除去する。

(3) 特約

本件売買契約に関し、売主及び買主間に協議が成立しないときは、立会人である訴外大政満弁護士(以下「大政弁護士」という。)の判定するところによる。

(二)  西本プラントは、昭和五四年一一月八日、被告ロイヤル興産株式会社(以下「ロイヤル興産」という。)との間で、同社所有の別紙物件目録(二)記載の土地建物(以下「本件(二)の不動産」という。)につき、左記の約定で売り渡す旨の売買契約を締結した。

(1) 売買代金

金二億四七四七万九三〇〇円

(2) 支払方法 前記(一)の(2)と同じ

(3) 特約 前記(一)の(3)と同じ

(三)  ところが、被告らは、西本機械の原告に対する債務不履行になることを知りながら、西本機械と共謀もしくは同社を教唆して、同社所有の不動産を抵当権者である訴外株式会社平和相互銀行(当時、以下「平和相互銀行」という。)に増担保として提供せしめたうえ、同銀行をして、既担保不動産と一括して競売手続をなさしめ、右競売手続において被告東亜起業が目的不動産を廉価に競落しようと企て、競売手続における入札にあたつては談合をなしてその不動産の所有権を取得した。すなわち、

被告らは、昭和五五年三月に至り、突然右西本機械及び西本プラントの代表者である訴外西本岩雄(以下「西本」という。)に対し、本件(一)の(5)の建物及び別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件(三)の不動産」という。)を従前第一順位の根抵当権者であつた平和相互銀行に増担保として提供することを提案し、更に、前記契約の立会人であつた大政弁護士において、「前記売買契約の履行を速やかになすために、便宜平和相互銀行に対し増担保手続をとつて欲しい。」、「そして、平和相互銀行に増担保に提供した物件を含めて一括競売の申立てをなさしめ、被告東亜起業において談合のうえ、落札する。」、「なお、落札に要した費用を前記売買代金の総額から控除した残額は、売主である西本機械及び西本プラントに交付する。」と申し入れ、同弁護士を信頼していた右西本をして前記増担保手続をとらせたうえ、昭和五五年五月二〇日前記平和相互銀行に競売の申立てをなさしめ(当庁昭和五五年(ケ)第二三六号)、昭和五六年五月二九日の入札期日において第三者と相計つて入札妨害等の不正行為を行つて被告東亜起業が最高価額金三億〇六七四万五〇〇〇円で競落し、同年六月五日競落許可決定を得たうえ、同年七月一日所有権移転登記(ただし、本件(二)の(3)、(4)の各建物は滅失)を経由したものである。

3(責任)

被告らは、右西本機械等に対する債権者であり、また後順位抵当権者でもある原告の権利実行を不能ならしめる積極的意図のもとに、その手段として債務者である右西本機械を教唆またはこれと共謀して責任財産を減少せしめたものであるから、その結果、原告の被つた損害を賠償すべき責任があるというべきである。

なお、被告立石直毅(以下「立石」という。)は、当時被告東亜起業の代表者であつたから、機関個人として被告東亜起業と連帯して不法行為責任を負うべきである。

4(損害)

前記のとおり、西本機械及び西本プラントの所有不動産に対する担保権の抹消、賃借人の立退きに要する費用は、本件売買代金の範囲内で処理することが十分可能であつたものであり、その結果、原告にも金五〇〇〇万円の配当が予定されていたところ、被告らの前記増担保手続及びこれに伴う一括競売手続を了したことにより原告を権利者とする債権額五〇〇〇万円の抵当権を抹消せしめたものであるから、原告には同額の損害を被つた。

よつて、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として金五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為時である前記入札期日の後である昭和五六年六月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2について

(一) 西本機械及び西本プラント(以下併せて表示するときは単に「西本機械等」ということもある。)と被告東亜起業及び同ロイヤル興産(以下併せて表示するときは単に「被告会社等」とのみいうこともある。)との間で、本件(一)、(二)の各不動産につき、請求原因2の(一)、(二)記載内容の覚書が作成されたことは認めるが、いまだ正式の売買契約ではない。

なお、被告会社等は、西本機械等に対し、右覚書に基づき、解約手付として各金三〇〇〇万円を支払つたものの、西本機械等は、右覚書に定められた本件(一)、(二)の各不動産に対する担保権の抹消並びに賃借人の立退き交渉を誠実に実行しなかつたばかりか、本件各不動産の抵当権者である平和相互銀行が任意競売の申立てをしたため、前記覚書による任意売買が履行不能になつたため、被告東亜起業は、やむなく右競売手続に参加して適法に本件各不動産を競落により取得したにすぎないものである。

(二) 請求原因2の(三)の事実中、本件各不動産が競売に付され、右手続において被告東亜起業が入札に参加し、その結果、右各不動産を競落により取得し、その旨の所有権移転登記を経由したことは認め、その余は否認する。

前記のとおり、任意売買の話から競売に移行したのは専ら西本機械等側の責任によるものであつて、被告らには何ら責められるべき点は見当たらない。

3  同3、4については、いずれも否認し、争う。

原告は、本件各不動産を任意売却することにより、原告の西本機械に対する金五〇〇〇万円の貸金の回収が可能であつた旨主張するが、右売買が実現する前提として、まず、売買代金の範囲内で右各不動産が負担していた担保権をすべて抹消し、更に右各不動産の占有者全員を立ち退かせる必要があつたところ、右は結局実現不可能であつたうえ、原告の抵当権は、最低競売価額や先順位の抵当権者の存在等からすると、もともと競売手続によつては一銭の配当をも得られなかつたものであるから、右抵当権の実行を不可能ならしめたとはいえないし、その他原告の債権を侵害した事実も全くない。

<以下、略>

理由

一<証拠>によれば、請求原因1の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二そこで、請求原因2(不法行為の成否)について以下判断する。

1  請求原因2の(一)ないし(三)の各事実のうち、西本機械と被告東亜起業及び西本プラントと被告ロイヤル興産との間において、本件(一)、(二)の各不動産につき、請求原因2の(一)、(二)記載内容の合意が成立したこと、本件(一)ないし(三)の各不動産につき、原告の主張するとおり任意競売手続が開始され、同手続において、被告東亜起業が入札に参加したうえ、右各不動産(ただし、(二)の(3)、(4)の各建物は滅失)を競落して所有権移転登記を経由したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(一)  西本機械及び西本プラントの代表取締役であった西本岩雄は、右西本機械の有する多額の負債を整理する必要に迫まられ、同社所有の本件(一)の不動産のほか、右西本機械の債務の支払のため物的担保として提供されていた西本プラント所有にかかる本件(二)の不動産をも合わせて一括してこれを売却して返済に充てることを計画し、その買受先を探した結果、右各不動産の抵当権者である株式会社大和銀行川崎支店を通じて大手の不動産業者が名乗りを上げたものの、右西本と一〇年以上の交際があり、また日ごろ会社の法律問題等につき相談をしていた大政弁護士の紹介状を持参して被告東亜起業の代表者である被告立石が右不動産の買受けを申し込んできたことから、最終的には本件(一)の不動産を被告東亜起業に、また、同(二)の不動産を被告ロイヤル興産にそれぞれ売却する旨の話がまとまり、売買代金や手付金、残金の支払方法等について大枠が決まつたが、当時右各不動産には多数かつ多額の抵当権が設定されていたほか、右建物を第三者が占有しているという状況のもとで、果たして当初予定された売買代金でもつて確実に負担のない不動産として取得できるかにつき不確定要素があつたため、詳細については別途売買契約書を作成することとして、昭和五四年一一月八日、当事者間において、とりあえず請求原因2の(一)、(二)記載内容程度の覚書(以下「本件覚書」という。)を作成したものであること、なお、その際、将来の紛争や新たに協議すべき事項が発生したときは、右西本及び被告立石の共通の知人である前記大政弁護士の裁定に委ねることを合意したこと

(二)  ところで、右覚書によれば、本件(一)、(二)の各不動産に対する担保権の抹消や賃借人の立退き交渉等は売主である西本機械等の責任において履行すると定められており、その時期については概ね二、三か月あれば足りるという予定であつたところ、債権者や占有者に対する交渉が予想外に難航していたうえ、被告会社等が購入資金を借り受ける予定にしていた金融機関との関係上、いつまでも待機することができなかつたことから、被告立石は、仲介に入つた立会人である大政弁護士を通じて、前記西本に対し、前記覚書に基づく担保権の抹消等の手続を早期に履行するよう繰り返し督促したものの、一向に事態が進展する兆しもみえなかつたことから、次第に本件各不動産に対する任意売買の実現につき危惧を抱き始め、一時は契約の解消をも考えるに至つたが、すでに交付ずみの手付金六〇〇〇万円は他に使用されており、また、当時の西本機械等の現状に鑑みると、右手付金全額の回収を図ることは到底期待できない状況にあり、さりとて被告東亜起業側の資金繰りの事情からこれ以上引き延ばすことが困難な状態に立ち至つたことから、右大政弁護士が中心となつて、前記西本と善後策を協議した結果、西本及び被告立石の両名とも現状のままでは前記覚書に従つた任意売買を早期に実現するめどが立たない状態にあることで意見が一致し、更に同弁護士の指摘により、現状を打開するには、先順位抵当権者から本件各不動産に対する抵当権を実行してもらつたうえ、競売手続が終了するまでの間に売主である西本機械等に鋭意各担保権者や占有者らとの交渉を進めてもらい、その結果、交渉がまとまれば、当初の予定どおり任意売却に切り替えることとし、万一、交渉が不調に終わつたときはそのまま競売により西本機械の負債整理をするという二本建てで進行させることで一応の話し合いが成立したこと、なお、その際、仮に将来競売手続に移行したときに土地と建物の一括競売をやり易くするため、右大政弁護士の助言に基づき、西本機械は、平和相互銀行に対し、同社所有の本件(一)の(5)及び(三)の各建物を追加担保として提供することを承諾して昭和五五年三月一二日その旨の登記を了したこと

(三)  しかしながら、その後の任意売買に関する交渉は全く進展がみられず膠着した状態が続いたため、平和相互銀行は、昭和五五年五月一五日、横浜地方裁判所に対し、本件(一)ないし(三)の各不動産につき、抵当権の実行としての競売の申立てをし、同月二〇日、同裁判所において不動産競売手続開始決定(同裁判所昭和五五年(ケ)第二三六号)がなされたこと、ところで、同裁判所の命令に基づき評価人が作成した不動産鑑定評価書によれば、同年一一月二一日現在における本件各不動産の評価額は、同(一)の各土地建物につき合計金一億八四六九万円、同(二)の(1)、(2)の土地建物につき合計金一億二一〇五万円(なお、同(3)、(4)の各建物は滅失)、同(三)の建物につき金二一二万円との鑑定意見が提出されたこと、そこで、同裁判所は、右鑑定評価額を斟酌して本件(一)ないし(三)の不動産を一括競売に付すこととし、最低競売価額を金三億〇五七四万五〇〇〇円、競売期日を昭和五六年五月二九日と定めて公告をしたこと

(四)  その後も、被告らは、あくまで任意売買の余地を残しつつ、担保権の抹消や占有者の明渡し等に関する前記西本機械等の交渉経過の成り行きを見守つてきたが、競売期日が接近してきたにもかかわらず、一向に右交渉については進展する兆しがなく、このまま推移して時間ぎれで本件各不動産が第三者に競落されるという事態になれば、西本機械等の資産や経営状態に鑑みると、同社等に対しては本件覚書に基づく損害賠償金はもとより、すでに交付ずみの手付金六〇〇〇万円の回収を図ることすら困難となる虞れがでてきたことから、被告東亜起業は急遽右競売手続において本件各不動産を競落することを決めてその準備に取かかり、その結果、前記昭和五六年五月二九日の競売期日において、本件(一)、同(二)の(1)、(2)及び同(三)の各不動産を金三億〇六七四万五〇〇〇円で落札し、その後競落許可決定を得たうえ、同年七月一日に所有権移転登記手続を了したこと

(五)  ところで、前記競売(入札)期日においては、当初、被告東亜起業のほか訴外菊興産株式会社も入札に参加し、第一回目の入札金額は、同被告が金三億〇五七四万五〇〇〇円であつたのに対して、右菊興産株式会社は金三億二八〇〇万円であつたが、その入札書等の記載方法に不手際があつたため、執行官の判断で再入札となつたものの、右再入札には同社が参加しなかつたことから、結局前記のとおり被告東亜起業が競落することになつたものであるところ、右入札直後ころから、右再入札に際していわゆる競売屋が多数暗躍し、右菊興産株式会社に対する入札妨害行為等が公然と行われたとの噂が流れ、新聞等のマスコミにより広く報道され、更には関係者が被告立石らを入札妨害罪等の嫌疑で告訴、告発するという事態にまで発展したこと

以上の各事実を認めることができ、右認定に抵触する前記各証人の証言及び原告及び被告立石各本人の供述は、前掲各証拠に照らしにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、前記認定の事実関係に照らして、被告らの不法行為責任の成否につき、以下順次検討を進めることとする。

まず、原告は、本件(一)、(二)の各不動産についての西本機械等と被告東亜起業等との間における任意売買が当初の予定どおりに実現していれば、原告の抵当権も結局全額満足を受けることができたのに、被告らにおいて言葉巧みに任意競売に移行させ、更に競売手続で談合や入札妨害等の不正行為を行い、もつて任意売買における売却代金よりはるかに低額で本件各不動産を取得するとともに、原告ら抵当権者の優先弁済権を実質的に侵害したものである旨主張する。

そもそも、抵当権とは、設定者から目的物の使用収益権を奪うことなく、目的物の交換価値を把握し、被担保債権が弁済されない場合に当該目的物を換価して優先順位に従つて債権の満足を受け得る権利であり、したがつて、抵当権の実行としての競売手続において、通常の取引価格に比べてかなり低額で競落され、その結果、抵当権者の当初の予想に反して自己の被担保債権の満足を得ることができなかつたとしても、そのこと自体は法制度上やむを得ないものであつて、もとより設定者において競売によるよりも任意売買の方がより高額に目的物を換価できるからといつて、当然には抵当権者に対する関係で任意売買を選択しなければならない義務が発生することのないのはいうまでもない。そうすると、抵当権(ないしは抵当権付き債権)が侵害されたというには、債務者あるいは目的物の所有者その他の第三者において、抵当権が把握している目的物の交換価値を積極的に減少させるとか、あるいは事実上又は法律上抵当権の実行を妨げるような行為が存在することが必要であり、換言すれば、設定者あるいは第三者が競売手続において当初から後順位抵当権者らに対して配当を得させなくする積極的意図のもとに、関係者と談合し、あるいは他の入札希望者の入札参加を妨害・阻止するなどして、通常の入札価格よりかなり低額で競落し、もって後順位抵当権者の優先弁済請求権の行使を実質的に不可能ならしめたものと認められるような特段の事情の存在するときに始めて不法行為が成立するものというべきである。

そこで、右の観点に立つて本件をみるに、前記認定事実によれば、被告らは、当初からあくまで覚書に基づく任意売買の実現に向けて努力してきたものであり、途中任意競売の手続が開始されてからも任意売買の方向を模索してきたことが認められるのであつて、本件全証拠を子細に検討するも、被告らが積極的に原告の抵当権に基づく優先弁済権を阻害するような行動をとつたことを認めるに足りない(なお、本件各不動産に対して競売手続が開始され、その後被告東亜起業が競落により右各不動産の所有権を取得したことに伴い、同不動産に関する西本機械等と被告東亜起業等の間の前記覚書に基づく任意売買の契約の効力の帰趨その他手付金等の事後処理について、当事者間にいかなる合意が成立したかに関しては本件証拠上必ずしも明確であるとはいえないが、いずれにしても、それはあくまで右西本機械等と被告東亜起業等との間で別途解決されるべき問題であり、仮に、西本機械等が被告東亜起業等に対して前記契約上何らかの金銭請求をすることが可能であるとしても、もとよりそのことと抵当権者等に対する不法行為責任の成否の判断とは直接的には関連性がないことはいうまでもない。)。また、前記認定事実によると、本件各不動産に対する競売において、その入札のための期日が終了した直後に右入札に関し、談合や入札妨害行為等の一部不正な行為がなされたとの噂が流れ、新聞等のマスコミにより報道され、更には関係者が被告東亜起業の代表者である被告立石らを入札妨害等に関与したとして捜査機関に告訴・告発するという事態にまで発展したものの、その後右入札行為に関して原告始め利害関係人から異議申出等の不服申立てがなされた形跡もなく、また、右告訴等の刑事事件については、すでに六年余りを経過した現在に至るも、いまだ被告立石を含めた関係者が逮捕されたり、あるいは刑事訴追されるなど、いわゆる司直の手による不正行為を指弾・摘発する具体的な動きがなされたことを認めるに足りる証拠もないのであつて、そうすると、本件証拠上は、いまだ被告立石あるいはその余の被告らが、本件各不動産の競売手続の過程で入札行為等に関して不正行為をなしたものと認定することは困難といわざるを得ない。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告自身すでに本件各不動産が競売に付された場合には、最低競売価額や先順位抵当権者の存在等からすれば、自己の被担保債権にまで配当がなされることは到底期待できないと予測していたことが認められ、また、前記認定事実によれば、被告東亜起業が本件各不動産に対する競売の入札に参加しなかつたとしても、当日の入札状況等に照らすと、結局は訴外菊興産株式会社が三億三〇〇〇万円前後で競落したことが推測でき、他に右金額以上の高額で競落され、その結果、原告にまで配当がいく可能性があつたことを窺わせるに足りる証拠も全くないのであるから、客観的に観察したときには、仮に、被告東亜起業が入札から除外されたとしても、競売手続によつてはいまだ原告の有した抵当権は一般債権者に優先して配当を受ける可能性はなかつたものである。

また、仮に、原告の主張するように、西本機械等と被告東亜起業等との間で、将来被告東亜起業が本件各不動産を競落した際には、本件覚書記載の売買代金総額から現実に要した競落代金等の諸費用を控除した額を右西本機械等に交付する旨の約束が存したとしても、それはあくまで右両者間を拘束するにすぎないものであるし、更に、原告と右西本機械との間で、西本機械が右清算金を受領したときには、その一部をもつて西本機械の原告に対する負債金五〇〇〇万円の返済に充てる旨の合意が成立していたとしても、被告らが右合意の成立を認識していたことを認めるに足りる証拠もないうえ、本件各不動産が任意売買から競売手続に移行するに至つた前記経緯等に照らすと、仮に右清算金の授受が未了であつたとしてもそのことから当然には原告の抵当権を侵害しているものということができないのはいうまでもない。

その他、本件全証拠を子細に検討するも、被告らが原告の有する前記抵当権あるいは西本機械に対する債権を侵害したことを認めるに足りる立証はない。

3  以上るる検討をしてきたところによれば、被告らに不法行為の存在することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について更に判断を進めるまでもなく、理由がないことが明らかというべきである。

三よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官板垣千里)

別紙物件目録(一)

(1) 横浜市鶴見区尻手三丁目六番二

宅地 299.20平方メートル

(2) 同所三丁目七番

宅地 1087.60平方メートル

(3) 同所三丁目八番一

宅地 161.98平方メートル

(4) 同所三丁目五番地一、七番地先、七番地、八番地一

家屋番号  七番

鉄骨造スレート葺平家建工場一棟

床面積 1121.73平方メートル

(5) 同所三丁目五番地一、六番地二、六番地二先、七番地

家屋番号  六番二

鉄骨造スレート葺平家建工場一棟

床面積 306.01平方メートル

別紙物件目録(二)

(1) 横浜市鶴見区尻手三丁目五番一

宅地 1010.01平方メートル

(2) 同所三丁目五番地

家屋番号  い一四番

木造瓦葺平家建居宅一棟

床面積 67.76平方メートル

(付属建物)

木造スレート葺二階建工場一棟

床面積

一階 229.75平方メートル

二階 69.42平方メートル

(3) 同所三丁目七番地

家屋番号  い二番

木造瓦葺平家建工場一棟

床面積 330.57平方メートル

(付属建物)

1 木造スレート葺平家建雑家屋

床面積 1.65平方メートル

2 木造スレート葺平家建雑家屋

床面積 1.45平方メートル

3 木造スレート葺平家建浴場

床面積 52.89平方メートル

(4) 同所三丁目五番地

家屋番号  い一五番二

木造スレート葺平家建工場一棟

床面積 39.66平方メートル

(付属建物)

1 木造スレート葺平家建居宅

床面積 42.97平方メートル

2 木造スレート葺平家建便所

床面積 1.65平方メートル

別紙物件目録(三)

横浜市鶴見区尻手三丁目七番地

家屋番号  い二番二

木造瓦葺平家建居宅一棟

床面積 45.45平方メートル

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